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DVの危険度チェック

以下はデートDV関連の書籍の中でよく見られる、女性から質問して、危ない男性を見抜くためのチェック項目の一部である。
これらが掲載されている書籍は、ほとんどが女性被害者の保護という立場で、被害者は100%が女性という前提で、女性によって書かれているため、いくつかの設問や解答、解釈に、曖昧な表現や主観的と思われるものが含まれ、これで適切な判断を下すのは難しいと思われる。
ここでは、心理学や精神医学などの見解と比較し補足を試みた。


どんな女性がセクシーだと思う?
一般的な書籍では、肉体的な部分を答えるのは×で、人格的な部分について答えるのが○としているものが多い。
しかし、セクシーという言葉自体が性的な魅力という意味だから、設問自体に問題がある。
親友は誰?
友だちは多い?

「親友はあなた」という答えは要注意。
一般的に男性と女性では友だちの概念が異なり、男性の方が友だちは少ないのが普通である。
私の友だちで嫌いな人がいる?
「○○が嫌い」という答えは要注意。
交友関係の制限に発展する可能性があるとされる。
子どもはいつ欲しい?
「今すぐ欲しい」などというのは危険。
DVは、結婚までの交際期間が短いほど多い傾向がある。
住まいの名義は共同にしましょうね?
DV加害者は、経済的に支配するために難色を示す場合が多いとされる。
しかし、この質問の仕方には疑問あり。
避妊についてどう思う?
避妊に協力しないのはその時点で暴力。
自分の両親のことをどう思う?
DVのきっかけは両親との関係に由来する場合が多い。
職場の女性からセクハラだって言われたことある?
すべての男性がセクハラをする、またはしているという前提で書かれている書籍が多い。
結婚したら仕事はやめて欲しい?
いくつかの書籍では、暴力から逃れるために仕事は続けるべきとしている。
お互いのプライバシーは尊重しましょうね?
多くの書籍で、「すべてを知りたい」=プライバシーを認めないと位置づけている。
恋愛関係において一般的なこの言葉を、プライバシーの問題として取り扱うのは不適当。
家計費はどちらが管理する?
即、自分と答える場合は要注意。
一番つらかったことは?
一番嬉しかったことは?

共感できるかという設問。
生意気な女とは?
多くの書籍で、これを答える男性は要注意とされる。
私のどこが好き?
抽象的な答えは要注意。
生き方で憧れている人は?
どの書籍でもこの設問の解説は不明瞭。
私をバカにしない?
DV加害者は、バカにするようなことをくり返し、共依存関係をつくる。
私の話を最後まで聞いてくれる?
DV加害者は自己中心的で相手の話を聞かない。
しかし、DVとは関係なくても相手の話を最後まで聞かないのは女性のほうが多いといわれる。
人を殴ったことがある?
具体的な状況を聞いて、相手のことを恐いと思ったら要注意。
男性と女性はどっちが偉い?
平等または対等と答えるのが普通。
どちらかが偉いと答える場合は要注意。
同性愛ってどう思う?
人権感覚を問う設問とされるが、多くの場合、人権に関する認識と感覚は一致しない。
DVについてどう思う?
この質問をするのが恐いと感じたら危険信号。

レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ

レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ男爵
(Leopold Ritter von Sacher Masoch)(1836-1895)
小説家
オーストリア・ハンガリー二重帝国下のガリツィアのレンベルク (現、 ウクライナ領リボフ) の生まれ
プラハとグラーツの大学で歴史学を学び、 弱冠 20歳でグラーツ大学の新鋭歴史学講師として立ったが、まもなくアカデミックな経歴を放棄して作家稼業に専心
主として故郷ガリツィアの農民やユダヤ人の生態をテーマに数々の物語を書く。

代表作『毛皮を着たビーナス』(1870)

 しかし、全くの無名作家であったマゾッホの名が知られるようになるのは、精神科医クラフト・エービング の『性的精神病理』(1886-1903)において、自虐性としてのマゾヒズムという言葉の創案(1890年頃)以降のことである。
 ちなみに、エビングがマゾヒズムという言葉を創案した時、マゾッホ自身はエビングに対して抗議している。

 マゾッホの生涯については、その恋愛遍歴や結婚後、妻に自作の女主人公の名を名のらせ、小説の筋書どおりの姦通を強要するなど、多少は知られてはいるが、人生の大半を監視の眼の中で過ごしたマルキ・ド・サドとは異なり、無名の作家の生涯について詳しい記録があるわけではない。
 故に、マゾッホの人物像は、主にその小説に描かれた登場人物からの想像され、後世の人々によって描かれるマゾッホの生涯、人物像は、マゾヒズムを前提として、ことさらにマゾヒズムを強調して描かれた傾向がある。
 多少知られているマゾッホの生涯からみると、マゾッホの性的興奮材料となっているのは嫉妬心だといわれ、マゾッホの恋愛や結婚の破綻の原因ともなっている。
 マゾッホの性嗜癖、それは自虐性であるから精神医学的マゾヒズムである訳だが、一般の人がマゾヒズムに対してイメージする被虐性というものは見られない。
 被虐性のイメージはその作品によるものであるが、マゾッホの小説は、マルキ・ド・サドの影響によるものであることは疑う余地は無く、それはサド崇拝を意味する社会学的サディズムであり、マゾッホは最も代表的なサディストであるということができる。
 その観点からマゾッホの作品をよくよく見てみると、男女の立場が入れ替わっているだけで、サドの作品を模倣しただけあることがわかる。
 つまり、サドという存在とエビングによるマゾヒズムという言葉の創案がなければ、マゾッホ自身やその作品に特筆すべき価値は無いのである。

邦題『変態性慾ノ心理』について

リヒャルト・フォン・クラフト=エビング男爵
(Richard Freiherr von Krafft-Ebing,1840-1902)
オーストリア・ハンガリー帝国の首都で法精神医学の専門家として、多くの裁判で犯罪者の精神鑑定に携わった。

『性的精神病理( Psychopathia Sexualis )』 
1886年(第1版)~1903年(第12版)

この本は、エビングの臨床経験を基に書かれた専門家向けの症例集(240件)を中核としている。
故に、高度に学術的なスタイルで著し、一般読者を遠ざけるため、本の名称も科学的な術語を慎重に選択している。
また本の章題を、同じ目的でラテン語で記し、本文でも、卑俗な言葉や、露骨と考えられる表現・描写や学術用語は、そこだけラテン語になっている。
教養のない読者を遠ざけるための一種の伏せ字である。
しかし、多くの読者が、これを性的興味の対象としたところに、現代に至るSMに関する誤解や偏見の原因があったといえる。

この本は、初版は110頁だが、12版では434頁で、大きく6章に分かれるが、具体的な病理としては、快楽殺人から象徴的行為に至るサディズム、サディズムの反義語としてのマゾヒズム(後の精神医学において、マゾヒズムはサディズムの反義語ではない)、フェティシズム、同性愛の四種類に分類される。
フェティシズムは第4版から、サディズムとマゾヒズムが本格的に扱われるのは第6版からである。

『色情狂編』 
日本法医学会/春陽堂 明治27(1894)年 明治政府により発禁処分
『変態性慾ノ心理』 
河出書房 大正2(1913)年

日本では、以上の邦題で翻訳出版されたことで、単なる性的興味の対象として扱われ、伊藤晴雨や江戸川乱歩などの作品に代表される変態ブームが起こり、それが精神疾患(特にサディズム=犯罪心理)であるという認識を希薄にし、むしろ、現在に至ってもなお、犯罪行為を正当化するものとして悪用され続けているのである。

監禁王子と呼ばれた男が法廷でサディズムについて論じたが、「自己の暴力(犯罪行為)の責任や原因を被害者や他のものに転嫁する犯罪者の心理」という意味で、この男は本当の意味でのサディストであるといえる。
ちなみに、この事件が話題になった頃、サディストを自称するSMマニアとして、この男の行為を擁護する者と否定する者とがいたが、サディズムを犯罪心理として否定する者はほとんどいなかったという点が問題だと感じている。
誰もが平気で「ドS」だとか「ドM」だとか言って、暴力を笑って見ている現状が恐ろしくてならない。

変態性欲ノ心理

2002年発行のこの本は、サディズム、マゾヒズム、フェティシズムに関する111例の症例を掲載。

マニアとオタクとエンスージアスト

 マニアの語源はギリシャ語で狂気(madness)であり、自身の趣味の対象において、周囲の目をも気にしないようなところもある事から、「~狂(きょう)」と訳される。
 英語でマニア(Mania)とは、熱狂、熱狂の対象あるいは精神疾患のひとつである躁病を意味する言葉である。
 また、フリークス(Freaks)という言葉は、英語では「奇人・中毒者」などの意味を持つ。

 日本語のマニアに該当するのは、エンスージアスト(Enthusiast)であり、特定の品を収集するものは、収集家・コレクターと称する。

 マニアとオタクは同義に用いられるが、性的指向に関する研究において、性嗜癖を有する者を全般にマニアといい、区別する際には、対象や行為の相手が現実の人間である場合にマニアを用い、それが現実の人間を対象としない場合にオタクという。
 故に、オタクを無性指向(古い言い方だと無性愛)に分類する専門家もいる。
 オタクの場合、性に関心を持つ以前の段階で、特にマンガやアニメなどにより性や暴力に関する情報(※↓)に触れることに起因し、現実的な人間関係の構築を苦手とし、性格的には衝動性と幼児性に特徴があるとされる。
 マニアもオタクも、同じ趣味や嗜癖を有する者との間の帰属意識が強い傾向がある。
 マニアとオタクの大きな違いとして、マニアの躁的傾向とオタクの鬱的傾向をあげる研究者もいる。
 マニアが仲間内で自分たちを変態と称するのは、躁的傾向によるもので、それによって帰属意識をより強める為であると考えられており、オタクの場合には、強い帰属意識を持ちながら、同時に他者との相違性や自己の優位性を意識している為、単独もしくは少人数での行動が目立つ。
 
 最近増加している猟奇的な犯罪の多くは、マニアやオタクといったレベルの問題というよりは、マニアやオタクを面白がっている社会が生みだした、もっと根本的な部分での病的な性癖(人格の偏り)の問題と考えるべきである。
 また、オタクの性的指向を無性指向と考えるなら、現実の人間を対象とした性犯罪も、性的指向の問題ではなく、やはり性癖の問題と考えるべきである。

 リビドーの固着と昇華(※過去の記事参照)という観点でみると、マニアもオタクもリビドーの固着によるものと考えられ、オタクの場合には、それがより早い時期に起こったものということになる。
 ちなみに、エンスージアストは、一般的にリビドーの昇華によるものを指す。

BDSM

日本では単にSMと呼ばれるが、欧米ではBDSMという方が一般的である。
BDSMとは、人間の嗜虐的性向を一纏めにして表現する言葉であるが、その意味は主に以下の二種類がある。

「B」…Bondage(ボンデージ)「捕われの身分」、またはその状態
「D」…Discipline(ディシプリン)「懲戒」、西洋では体罰による厳しい躾も意味する
「S」…Sadism(サディズム)加虐性向
「M」…Masochism(マゾヒズム)被虐性向

「B」…Bondage(ボンデージ)
「D」…Domination(ドミネイション)支配
「S」…Submission(サブミッション)服従・隷属
「M」…Manipulation(マニピュレーション)操作

欧米において、苦痛を媒介とするS&Mと、奉仕または序列関係を媒介とするD&Sがあり、BDSMという言葉は、両者の区別が失われた性風俗としてのSMプレイに関する研究によるものである。
 
CFNM(Clothed Female(s) and Naked Male(s))(着衣の女性と裸の男性)の略。
CMNF(Clothed Male(s) and Naked Female(s))(着衣の男性と裸の女性)の略。

BDSMにおいて、服装に格差をつけることで、不自然さ・アンバランスさによるエロティシズムや支配従属関係を明示または暗示するために用いられるが、性風俗としてのSMプレイにおいては、単に露出性向や窃視性向によるものと考えるほうが自然である。

一般的な文化や生活においても、舞踊や舞台、一般表現物などにおいても、ソフトないし露骨な形でのCMNFが見られる。
たとえばペアのダンスにおいては、女性の服装のほうが明らかに露出度が高く、広告やマスメディアにおいても、そうしたシチュエーションはよく見られる。
これらの根本にあるのは、異性の性的客体化(sexual objectification)(※)であるとされる。

※性的客体化(exual objectification)
性的な擬物化、すなわち人の擬物化である。
異性(特に女性の場合が多い)を性的な物であるとみなし、それらの性的な属性と肉体的な魅力を強調することだが、性的な擬物化の概念、特に女性の擬物化は、フェミニズムから得られたフェミニスト理論と心理学的な理論の中で重要な意味をもつとされる。
多くのフェミニズムにおいては、性的な擬物化は好ましくないとし、そして、男性が女性を征服する方法で重要な役割を果たすとみなされるが、フェティシズム(意味に注意)において、擬物化によって逆にそれが崇拝の対象となるという考え方もある。

リビドーの固着と昇華

フロイトは、性衝動を起こすエネルギーを「リビドー」と呼んだ。
「リビドー」は、
赤ちゃんの時期の「口唇期」
1歳半~3歳くらいまでの「肛門期」
3~4歳くらいからの「男根期」
一般的には、7~12、13歳くらいまでの休止期「潜伏期」に入る。
その後の性衝動の爆発期を「思春期」に分けられる。
欲求と恋愛

リビドーは、図では「生理欲求」に関わるものである。
リビドーは、性衝動を起こすエネルギーであると同時に、攻撃衝動を起こすエネルギーでもあり、そこから次の「安全欲求」におけるサディスティック・パーソナリティが形成される。
人間の成長過程において、その成長過程に応じたリビドーが過度に抑圧されることなく、満たされることが必要である。
逆に言えば、成長過程で抑圧されたリビドーは、その段階にとどまり、幼児性となって表れる。
これを「固着(こちゃく)」と呼び、様々な依存症や性嗜癖の原因になると考えられている。
例えば、性的サディズムは、性衝動と攻撃衝動が抑圧され「固着」した典型的な例である。
普通の人間は「潜伏期」の間に、親や社会との関係の中から、リビドーを自己抑制する能力を 身につける。
自己抑制することによって、外部からの抑圧を軽減することができるのである。
だから、学校教育が行われる時期、日本では、小学校から中学校という時期も、リビドーの休止している「潜伏期」を選んで行われているのである。

リビドーが社会的に容認される方向に向けられ、その衝動が満たされることを「昇華(しょうか)」という。
言い方を変えると、リビドーが性的な目標(対象や行為)から遠ざかって、例えば知識欲などの別の目的に向かうことで、抑圧を免れることである。
すなわち、初期の「昇華」も、リビドーの「潜伏期」、学校教育の時期に始まるのである。

一般的に、「昇華」するによって「固着」は起こらない。
ただし、幼児期からの英才教育は、周囲から方向づけれたもので、「昇華」につながることは稀で、むしろ「固着」の原因となる場合が多いと言われている。
「昔は神童、今は凡人」という言葉はまさにこれであるが、現代社会は、日常的に性や暴力に関する情報が氾濫しており、「昔は神童、今は危ない人」になりかねない。
PTSDが原因となって、「固着」が起こる場合もある。

蝋燭(ロウソク)について

●植物系の蝋
 ハゼ蝋
 ウルシ蝋
 カルナウバ蝋(カルナバ蝋)
   ブラジルロウヤシの葉の表面を覆っている蝋
 サトウキビ蝋
   サトウキビの葉や茎の表面を覆っている蝋
 パーム蝋
   アブラヤシの幹から採取される
●動物系の蝋
 蜜蝋(ビーズワックス)
   ミツバチが巣を作る際に分泌する蝋
 鯨蝋
   鯨油を分離した残りの固体蝋
   ※幕末の黒船は、これを作る為の捕鯨中継基地確保が目的のひとつだった。
 イボタ蝋
   カイガラムシの一種の雄幼虫が分泌する蝋
 羊毛蝋
   羊毛の表面を覆う脂質に含まれる蝋成分
●その他のワックス
 モンタンワックス
   褐炭より溶剤抽出で作られる
 パラフィンワックス
   原油の蒸留過程で取り出される
 合成ワックス
   炭化水素系化合物を化学合成

●パラフィンロウソク
 原油の蒸留過程で取り出される直鎖状炭化水素が主成分。
 20世紀以降、動植物由来の蝋に替わって広く用いられている。
 パラフィンはほとんどの化合物に対して反応性が低いが、着火すると速やかに燃焼する。
 融点は、炭素数により異なり、パラフィンパックなどに使われる約42℃~65℃位まで様々。
●和蝋燭(わろうそく)
 櫨(はぜ)の実から搾り取った木蝋を加熱して溶かし、和紙およびイグサの芯から作った灯心で作った芯の周りに手でかけて乾燥させて作る。
 完成した蝋燭は、断面が年輪状になる。
 ハゼの油のみで作った蝋燭が最も高級とされ、西洋蝋燭に比べ光が強く、長時間保つと言われ西洋蝋燭に比べカーボンが少ない。

フェティシズム

フェティシズム(Fetishism)は、人類学・宗教学では呪物崇拝、経済学では物神崇拝と訳される。
また、心理学では、物品や生き物、人体の一部などに性的に引き寄せられ、性的魅惑を感じるものを性的フェティシズムといい、誰もが持つ性的指向であるが、極端な場合に、性的倒錯や変態性欲の範疇に入る。

日本では、上記のうち心理学的な意味における「性的フェティシズム」を指す事が多く、精神医学ではかなり深いこだわりを指すものであるが単なる性的指向程度にも使われ、省略形であり俗語のフェチという言葉で呼ばれる事が多い。
しかし、古来日本の神道では、あらゆるものに神が宿るとされ、これは呪物崇拝的フェティシズムということができるから、これが性的フェティシズムに転じたケースは珍しくない。
フェティシズムを向ける対象をフェティッシュ(fetish)、フェティシズムの志向を持つ人をフェティシスト(fetishist)という。

フェティシズムという言葉を使い始めたのはフランスの思想家ド・ブロスだといわれ、1760年に『フェティッシュ諸神の崇拝』による。
ここで扱われているのはアフリカの住民の間で宗教的な崇拝の対象になっていた護符(フェティソ Fetico)で、これを呪物崇拝と呼ぶ。

カール・マルクスは、資本主義経済批判の展開において、経済を円滑にする手段として生まれた貨幣自体が神の如く扱われ、人関係を倒錯させていると述べた。
また『資本論』第1巻(1867)の「商品の物神的性格とその秘密」という章で、「商品」の持つフェティシズム(物神崇拝)を論じ、マルクスのフェティシズム論(物神崇拝論)は20世紀になって注目されるようになった。

心理学者のアルフレッド・ビネーは、1887年、肌着、靴など(本来、性的な対象でないもの)に性的魅力を感じる事をフェティシズムと呼ぶよう提唱した。
次いでクラフト=エビングが『性的精神病理』第4版(1889年)の中でフェティシズム概念を採用し、フロイトも性の逸脱現象としてこの用語を用い、足や髪、衣服などを性の対象とするフェティシズムは幼児期の体験に基づくものと考えた。

精神医学でいうフェティシズムは変態性欲、性的倒錯とされており現代日本で用いられる軽い趣味ではなく、性的対象の歪曲を指す。
診断は訓練をつんだ専門家によって行なわなければならないが、アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計の手引きにはフェティシズムの診断ガイドラインが設けられている。

・長期(少なくとも6ヶ月以上)にわたる、生命の無い対象物に対する強烈な性衝動、妄想、行動が持続、反復する。
・その性衝動、妄想、行動により著しい苦痛、または社会的、職業的な障害を引き起こしている。
・対象物は衣服や性具に限らない。

フェティシストには大きく分けて鑑賞派と実践派の二種類が存在しており、それぞれが独立した別の性趣向として存在している。

日本では、男性のフェティシズムは市民権を得ているが、女性のそれは認知されていなかった。
フェティシズムは、変態性欲の一つとみなされる事が多く、精神医学において性的倒錯や変態性欲傾向が認められる患者は圧倒的に男性が多いとされているからである。
しかし、女性の化粧やファッションなどもフェティシズムの一種と考えることができるし、最近では、コスプレなどの流行により、女性のフェティシズムも認知されるようになっている。
また、フェティシストの大部分は鑑賞派とされ、一般にフェティシズムという場合、鑑賞派を指す場合が多く、実践派は稀とされてきた。
すなわち、男性のフェティシズムには鑑賞派が多く、女性のフェティシズムが実践派が多いということがいえる。

世界のムチ

西洋において、主に抵抗できない相手を殺さずに痛めつける拷問用途に生まれた道具であり、戦闘用の武器ではない。
東洋における鞭(笞、むち)とは、人や動物を打つ為の細長い竹の棒、若しくは棒状の柄に革紐や鎖などを取り付けた道具である。
概ね棒状のものをロッド、ひも状のものをウィップといい、広義では、新体操のリボンなども含まれる。

●ブルウィップ(起源 : 牛追い鞭)
長く柔軟な1本に編まれた鞭で、長さは1mから8m近いものまである。発祥は牛をコントロールするのに使われる農具である。
素早くふるう事により破裂音を出し牛を追うのに使っていたのだが、後にムチの愛好家によって音を鳴らすクラッキングと的を狙うシューティングに分かれアメリカ西部の競技などに用いられるようになった。
この競技をウィップ・クラッキングという。
プロのクラッキングでは、ブルウィップの先端の速度が音速を超える。

●馬上鞭
馬の尻などを打って馬に指示を出すための鞭。
長さは60cmほどで先端には小さな板が付けられており痛みよりも音を大きく鳴らすことが目的。
3m以上の馬車用のものもある。

●キャットオブナインテイル
柄に九つ、もしくはそれ以上の数の革紐を取り付けた拷問器具。
一度の振りで多くのみみず腫れを起こす。
房が多い分一本一本の威力が低く戦闘用には向かないが、拷問用としては致命傷を与えにくいことが長所となる。

●教鞭
「教鞭を執る」という成句があるように、かつて教場で教師が鞭を持ち使っていた。
西洋では、樺(かば)の枝が使われたことから、バースロッドともいう。

●鞭
中国などで用いられた、竹、木、金属など材質や長さが様々な棒状の武器。
しなりはまったく無く、鉄の場合は鉄鞭という。
柄となる部分以外には、威力を増すために節などが付けられ多節鞭もある。
日本では、竹を素材とするものを「笞」という。
十手も鞭の一種で、鉄扇や喧嘩煙管などのような特殊なものもある。

日本のムチの歴史
罪人に苦痛を与えて強制的に白状させる拷問は、日本でも古代から存在していたと推測されるが、公式に制度化されたのは奈良時代、大宝律令が制定されてからである。
律令で定められた拷問は、罪の容疑が濃厚で自白しない罪人を、刑部省の役人の立ち会いのもと、杖(じょう)、拷問に用いる場合は訊杖(じんじょう)を用いた。
律令における訊杖の規格では、長さ3尺5寸=約1mで、先端が4分=約1.2cm、末端が3分=約0.9cmと定められていた)で背中15回・尻部15回を打つ。
自白できない場合は次の拷問まで20日以上の間隔をおき、合計200回以下とする条件で行っていた。
皇族や役人などの特権者、16歳未満70歳以上の人、妊娠間近の女性に対しては原則的には拷問は行われなかった。
ただし、謀反などの国事に関する犯罪に加担していた場合は地位などに関係なく、合計回数の制限もなかったと思われる。
このため拷問中に絶命する(杖下に死す)罪人も少なくなかった。
奈良時代の著名な政変の一つである橘奈良麻呂の乱で、謀反を企てた道祖王、黄文王、大伴古麻呂らが杖で長時間打たれた末、耐えかねて絶命したのは良く知られているが、他にも長岡京造成途上での藤原種継暗殺事件や、承和の変、応天門の変などでも容疑者を杖で打ち続ける拷問が行われたとされている。
やがて遣唐使中止や延喜の治の頃になると、杖で打つ拷問は廃れていったと考えられる。

江戸時代に行われた拷問としての鞭打ちを笞打(ちだ、むちうち)という。
被疑者を上半身裸にし、肩に肉が盛り上がるようなかたちで縛り固め、非人や牢屋の中間が縄の端を引っ張って動けないようにするところから始まる。
被疑者は自白するまで何度も何度も打たれるが、このとき使われるのは箒尻(ほうきじり)という棒である。
時代劇では、ささらや弓の折れたものなどが使われるが、箒尻は竹を途中まで二つに割り、麻糸で固く補強してから、さらに観世紙縒(かんぜこより)で補強したもので、重さは軽いが非常に打撃力が強い。
刑罰として行なわれる場合には咎打(とがうち)という。

決して断ち切ることができない関係

[絆し(ほだし)]
馬の脚などをつなぐ縄
足かせや手かせ
自由を束縛するもの

[絆(きずな)]
馬・犬・鷹など、動物をつなぎとめる綱
断つにしのびない恩愛、離れがたい情実
ほだし・係累・繋縛
                -広辞苑-

動物をつないでおく縄が、人の心のつながりに使われるようになる過程には、まず、動物と人間の関係に由来する。
日本において、馬・犬・鷹などは、食用としてではなく、人間と共に働く動物であり、ほとんどの場合、それらは死ぬまで家族同然に扱われる。

人間関係を指す「絆し」という言葉は、「古今和歌集」にもみられるが、庶民が好んで使うようになったのは江戸時代といわれている。
「絆」「絆し」とは、親や兄弟など、自分の意志では断ち切れない関係(血縁など)、死後も続く関係において用いられる。
例えば、親兄弟と絶交したとしても、血のつながりを消すことはできない。
夫婦の場合、生きている間には使われない。
『心中尽く(しんじゅうずく)』相手への信義、愛情を貫くこと。
互いに「心中尽」した結果を「絆」という。

永遠に切れない関係にのみ使われる言葉である。

それは、多くの現代人にとって、「絆」「絆し」は自由を束縛するわずらわしい人間関係でしかない。
にも関わらず、多くのメディアで「絆」という言葉が使われる。
人間同士の関係が希薄になっている現代社会における「絆」は、縄や綱ではなく、切りたい時にいつでも切れるような糸一本のつながりを意味しているように思える。

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