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醜という近現代美学

美意識(びいしき)とは、人が美しいと感じる心の働きであり、美しいと感じる対象は個体差が大きく、時代、地域、社会、集団、環境などによっても大きく異なり、文化、生活、歴史観などに大きく左右される。
西洋では、華美な装飾や対称の美しさ、人工の美をその美意識の中心においている。
日本の美意識はむしろ自然と対立せず、自然に溶け込むこと、死をも敵対するものとしては捉えず、自然への素朴な同調などが中心になっている。

美学(びがく)とは、美や芸術あるいは趣味の問題を扱う哲学である。
伝統的美学は、美とは何か(美の本質)、どのようなものが美しいのか(美の基準)、美は何のためにあるのか(美の価値)といった問題に取り組んできた、いわば美の形而上学である。
広義の美学は、道徳的な美や自然の美を含む。

醜(しゅう)とは、肉体的(または精神的に)魅力が感じられない、すなわち醜い(みにくい)様子を言い、特に視覚的なものを指すことが多い。
視覚的な美意識という観点において、多くの場合、醜は、嫌悪や恐怖の対象となり、精神的な醜は恥と同義とされ、対義語は美である。
醜は、自分または他者を卑下する場合に用いられ、美しくなりたいという意識は、自己を醜とする意識から生じる。
美しいと言われたある人が別人にとっては醜いと捉えられることもあることから、醜は、主観的な美学の問題であるという主張もあるが、人間の醜は、性淘汰や遺伝的・肉体的な健康の指標となっているというのが科学的な見解とされる。

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